2016年4月6日水曜日

ヨーロッパ一ヶ月バックパッカー97 アントワープ大聖堂


フランダースの犬で有名な

アントウェルペン(Antwerpen)大聖堂きましたよ。

日本では、英語名のアントワープ(Antwerp)の方が馴染みが深いですね。




アントワープはブリュッセルの北45kmに位置する

オランダの国境からわずか30kmにある街です。


グルン広場に到着し

念願だった


聖母大聖堂 (ノートルダム大聖堂)


見えた時

たどり着いたぞ!

と軽い歓喜。



一目散に

教会に向かいます。

ベルギービールは

後回しですよ。




入館時間が17時までなので

焦りながら

中に入りました。

オランダからベルギーに列車で

入れなかった

すったもんだがありましたので。

教会に入ると

私の前に

何処の国だかは

わかりませんが

一人白人の男性がいて

入館料の6ユーロに驚いていました。


私は

ネロが見たかった

あの絵が中に

あるのだから当然と

バン!とお金を払いました。







ルーベンスの名画はこの大聖堂に『キリストの降架』(1614)『キリスト昇架』(1610)『キリストの復活』(1612)『マリア被昇天』(1626)の計4枚飾られています。

有名な美術館に大切に保管されてあってもおかしくない超大作の絵が4点もです。

6ユーロはお安いです。

絵がいっぱいです。








キリスト昇架 

ルーベンス ゴルゴタの丘で十字架にかけられるイエス

重い十字架を背負い、処刑場であるゴルゴタの丘(ゴルゴダの丘)へ向かって悲しみの道(ヴィア・ドロローサ)を進んだイエス。午前9時にゴルゴタの丘にたどり着いたイエスは、赤い外套をはぎ取られて裸にされ、手足に杭を打ち込まれて十字架にかけられた。

ネロが

観たいと切望した

ルーベンス



キリスト降架

十字架から静かに降ろされるイエス ルーベンスの三連祭壇画

「キリスト降架」は、17世紀バロック時代のヨーロッパを代表する画家ルーベンスによる三連祭壇画。アントワープ大聖堂所蔵。

かつて、聖堂内ではルーベンスの

『キリストの降架』


『キリスト昇架』


の両作品の前に厚いカーテンが覆われており、



※これはネットで探したがぞうです。


銀貨を払った人だけに公開が許されていました。

物語の中でもネロは

「きっとルーベンスは、貧しい人に絵を見せたくないなんて思わなかったはずなのに」

と悲しんでいます。


第一次世界大戦前までは続けられたようです。

しかし 逆に 教会に入るのに入場料をとることはしていませんでした。

なので、


ルーベンスの絵画「聖母被昇天(せいぼひしょうてん)」

は見ることができました。


ネロはうっとりと心を奪われた様子で主祭壇の

「聖母被昇天」の絵の前にひざまずいていました。

ネロはパトラッシュに気がつくと、起きあがって、やさしくパトラッシュを外に連れていきましたが、

その顔は涙で濡れていました。


そして、覆いのかかった二枚の名画の前を通り過ぎる時、

それを見上げ、パトラッシュにつぶやきました。


「あれを見られないなんて、ひどいよ、パトラッシュ。
ただ貧乏でお金が払えないからといって!」



絵の天分があったネロ少年は、

ノートルダム大聖堂にある
 「十字架を立てる」(「キリスト昇架」)と「十字架から降ろす」(「キリスト降架」)の二つの祭壇画を見ることが夢でした。

ぼくには分かるんだ。ルーベンスなら 毎日でも いつでも絵を見せてくれたはずだよ。

絶対そうだよ。


それなのに 絵を覆いをしたままにしておくなんて! あんなに美しいものを 

覆って暗闇の中に置いておくなんて!


金持ちの人が来てお金を払わない限り あの絵は 日にも当てられないし 

人の目に触れることがないんだよ。


もし あれを見ることができるのなら 


ぼくは喜んで死ぬよ。


アントワープに牛乳を運ぶという仕事もなくなり、祖父も死にます。

その上、住んでいた小屋も追い出されてしまいます。

真冬でした。帰るべき家もなく、大好きな大聖堂の前に行くと、

深夜なのに扉が開いていました。




祭壇の下の石畳の上にうずくまりました。

パトラッシュが、少年を温めるために身をよせました。飢えと寒さで意識がもうろうとします。



パトラッシュ…。僕は見たんだよ。

一番見たかった、ルーベンスの2枚の絵を。 

だから、だから僕は今凄~く幸せなんだよ。

 パトラッシュ… 疲れたろ…。

僕も疲れたんだ。なんだかとても眠いんだ。

 パトラッシュ・・・。










「フランダースの犬」日曜日の夜のカルピス子ども劇場・・


本放送当時

最終回が近づいてくると


視聴者から

たくさんのお手紙があったそうです。





「原作と同じ最後ネロが死んでしまう悲しいラストにはしないでください。」










左側が 「ブルゴーニュのステンドグラス」 右側が 「イギリスのステンドグラス」










































ネロとパトラッシュの記念碑がありました。

2003年

TOYOTAから寄贈されました。

「フランダースの犬 この物語は悲しみの奥底から見出す事の出来る本当の希望と友情であり、永遠に語り継がれる私達の宝物なのです」


こんなのがあるなんて


私知らなかったので


「日本語だー」って

しかも文章変じゃないぞと

日本離れて

21日目

三週間たって


いましたので

嬉しかったのを覚えております。

イギリス人女性がアントワープに住んだとっきの経験をもとに作成されたんだそうです

ストーリーはもともと英語で書かれており、ベルギーではほとんど読まれてない。

原作者の母国イギリスにおいてもほとんど知られていない物語


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